Natsume, Masako

seiyuu

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Natsume, Masako

夏目 雅子

生年月日
1957年12月17日 (68歳)

プロフィール

ナツメ・マサコは、1957 年 12 月 17 日に東京・六本木の渡邉政子として生まれ、1985 年 9 月 11 日に逝去した、日本を代表するモデル兼女優である。末次と和子の娘として、横浜市中区で育った。1976 年、短大在学中、日本テレビのドラマ『愛が見えますか?』のオーディションに 4,000 人の中から抜擢され、主演の座を獲得。女優業を本格化させるため退学し、当初は本名の渡邉政子名義で活動していた。母親のキャリア反対を条件に、本名の姓を使わないことを約束させられたため、1977 年に芸名をナツメ・マサコへと改名した。同年、カネボウ化粧品のキャンペーンガールに抜擢され、日焼け止め広告で上半身裸になった「クッキィ・フェイス」の少女として大ブームを巻き起こし、その人気は絶大だった。この人気に便乗して、同年後期には「オー! クッキィ・フェイス」のシングルをリリース。映画では端役や主演も務めたが、主軸はテレビドラマにあった。国際的に最も知られた役柄は、1978 年から 1979 年にかけて放送された日本テレビ版『西遊記』で三蔵法師を演じたことである。当時のキャラクター像に最も近かったため、オーディションを受けた男性俳優らを退けて役を掴んだ。このシリーズは後に BBC によって『モンキー』として吹き替えられ、1980 年代の英語圏諸国でカルト的人気を博した。1980 年、ナツメは東京宝塚劇場の舞台『奇怪士ナポレオンの大辞典』で舞台デビューを果たした。映画では良家のお嬢様だが内気なヒロイン役が多く、演技力についてメディアや一般から批判を受けることもあったが、1982 年に評価は転換した。テレビドラマ『勝者』での野心に満ちた不倫女性役や、映画『鬼平』での極道組長の娘役が転機となり、後者の「俺に屁こくんな!」という台詞は日本中に広まるキャッチフレーズとなった。『掟』と『時と潮』での演技により、第 8 回毎日映画コンクール主演女優賞を受賞し、その演技の幅が正式に認められた。1985 年、急性白血病のため 27 歳で死去。山口県防府市の大楽寺に西山村真佐子(旧姓渡邉)という名で埋葬されている。彼女の遺産は現在も色あせず、絵本やカレンダーは日本国内で依然として人気を博している。1997 年、キヤノンはコピー機の CM で彼女の複製写真を活用し、100 点の複製画像をまとめた本を無料配布するキャンペーンを実施、23 万件の応募があった。2007 年には、母親の渡邉末子が執筆した『二人の真佐子』を基に、TBS が『ひまわり〜ナツメ・マサコ 27 歳の生涯と母の愛〜』というドキュメンタリーを放送。幼少期のマサコ役を八木優希、成人した女優役を仲間由紀子が演じた。

声優 / 吹替