
概要
ウェンツェル・アーベは、ドイツ海軍の勲功ある U ボート艦長として、大西洋戦役で多数の爆雷攻撃を生き延びた。1945 年 3 月、彼はドイツ・キールを出発し、中国南部海域に所在するジャワ島バタビアの日本軍基地へ陸軍中佐松田を輸送する最終任務を命じられた。アーベはまた、不明な貨物を運ぶ SS 中佐シュピールベルガーも乗船させた。潜水艦は幸運にも敵との遭遇が少なく、タンカーを撃沈する成功を収めたが、バタビア近海でアメリカ海軍の哨戒部隊と遭遇。サイレントランニングを強いられたが、アクティブソナーによって発見され、爆雷攻撃で深刻な損傷を受けた。結果、艦首を突き立てて海底に沈没した。前方の魚雷搭載要員が浸水区画の封鎖のために自らの命を投げ出し、脱出は絶望的となった。アーベは部下たちを第三帝国への奉仕から解き放ち、自らの意志で最期を迎えるよう許した。 待機期間中、アーベはシュピールベルガーと遭遇し、すでに松田が切腹(儀式自殺)を遂げたことを知った。シュピールベルガーは脱出の可能性について議論した後、アドルフ・ヒトラーが制作したとされる「ブルンヒルデ率いる十二の騎士」という題の絵画を運んでいると明かしたが、後にその作品は意味を成さぬものであることが判明した。アーベは愛国者ではあったがナチスではなく、家族への想いを顧みずイデオロギーを優先するシュピールベルガーに対して公然と嫌悪感を表明した。ナチスへの忠誠を欠くアーベに激怒したシュピールベルガーは彼を殺害した。アーベの忠実な乗組員たちはその後、シュピールベルガーを討ち取った。アーベの英雄的な評判にもかかわらず、レヴイは彼が大西洋戦役で受けた勲章「鉄十字勲章(橡葉と剣付き)」を盗むことに何の躊躇も示さず、単なる一攫千金を狙って手に入れた。





